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日本の公共住宅政策を守ろう

「新たな住宅政策のあり方について建議(案)に関する意見書


全国公団住宅自治会協議会代表幹事  多和田栄治



 国土交通省の社会資本整備審議会住宅宅地分科会(分科会長=八田達夫東京大学 教授)は6月24日、「新たな住宅政策のあり方について――建議」(案)を発表し、7月31日までの間、国土交通省のホームページを通じて「広く国民より意見を募集」しました。全国自治協は第1回幹事会(7月5〜6日)で意見を出すことを確認し、多和田代表幹事が執筆、7月31日にEメールで国土交通省住宅局住宅政策課に送付しました。以下、その全文を紹介します。また、東京23区自治協も林守一会長名で意見書を提出しました。

(建議案の主旨)

 建議案は、現在わが国では住宅不足は解消し、住宅数は13%の余裕さえある、今後、世帯数の増加はやがて穏やかとなり、10年後には減少に転じる、新規宅地需給量は逓減に向かう、という前提と見通しに立っています。そして、国民のニ−ズは多様化・高度化しており、民間部門が十分に発展している今日では、市場による対応がもっとも効果的であり、従来の住宅政策は、住宅不足を背景に、供給戸数や広さを目的にしてきたが、新規供給・公的直接供給重視から市場・ストック重視へ転換すべきであると建議しています。
 いまや住宅政策の目的が変わるとともに、その主要な政策手段だった3つ(公庫、公営、公団)のうち2つまでが今回の特殊法人改革で抜本的に見直された。これまで住宅政策を支え体系づけてきた「住宅建設計画法」に基づく住宅建設5か年計画のもとでの政策展開は困難となり、制度的に疲労をおこしている。この見地から、建議案は、具体的には住宅建設計画法の、名称を含めた抜本的な改正を求める主旨となっています。


(これまでの住宅政策の基本)

 建議案が抜本的改正を求めている住宅建設計画法は、「国民の住生活が適正な水準に安定するまでの間」、審議会の意見をきいて住宅建設5か年計画を立て、「目標を定めるに当たっては、住宅の需要および入居者の負担能力を考慮し、かつ、適切な規模、構造および設備を有する居住環境の良好な住宅が建設されるように配慮しなければならない」としています。
 旧建設省の住宅宅地審議会は、とくに昭和50年8月の答申以降、住宅政策の基本的施策として、@居住水準目標の設定、A住居費負担の適正化、B住宅供給における(国、地方公共団体、企業、個人の)役割分担の明確化、C公的住宅供給制度の拡充・改善から、K住宅基本法の制定までの事項をかかげてきました。この答申をうけ昭和51年に始まる第3期5か年計画で、はじめて居住水準目標が設定され、最低居住水準は昭和60年を目途に、すべての国民にたいし達成することとしました。(ただし現行第8期5か年計画では、いまだ「その水準未満の世帯の解消に努めるものとする」にとどめ、解消目標を定めていません。) わが国の住宅政策はすでに大きな変容をみせているのは既成の事実ですが、現在まだ基本としている住宅法制の体系にたいし名実ともに抜本改正を建議するのであれば、国民の居住をめぐる社会経済情勢の変化と問題点の広がりを列記するだけでなく、まず住宅事情の現状を正確に把握し、現状を引き起こしている行政上、法制上の原因、理由を明確にすることが不可欠です。そのこと抜きの建議は、大学教授を中心に名を並べた委員諸氏の、すくなくとも国民に責任をもつ姿勢とはいえません。
 以下に、建議案にたいしいくつかの疑問を呈し、意見を述べます。


 1.「住宅不足の解消」をはじめとする建議案の前提について

 建議案は、平成10年住宅・土地統計調査をもとに、全国総世帯数 4,436万にたいし総住宅数は5,025万戸、住宅は 13%「余裕」があるといいます。この調査では空き家が576万戸あります。12年の国交省「空き家実態調査」によれば、50.2% が「利用不適」(かつては「使用不能」)と「非募集」であり、その他も「募集」中とはいえ、利用不適、高家賃等の理由からでしょうか、空き家になっています。空き家の実態を見ようとせず、「住宅」数だけから、ただちに「余裕」とするのは説得力を欠きます。しかも同統計調査の「住宅」は、人間が住むに適するか否かを問わず、壁の仕切りがあるか、共用でも台所、便所、出入口があるかどうかの、ごく物理的な、粗雑な判定によるもので、居住世帯があれば「利用不適」には分類していません。利用不適の住宅にも多数の世帯が住んでいます。本来すでに解消されているべき最低居住水準未満世帯の存在が、建議案の前提を打ち消しています。
 借家については、全国で 11.3%、3大都市圏では 13.9%が最低水準未満の現状におかれています。京浜葉大都市圏でみると民間借家 14.7%、公共借家 16.4%が未満世帯であり、3〜5人世帯の状況はもっと深刻です。3大都市圏平均で 19.4%と住宅統計調査が示しています。最低水準にも達しない劣悪な、つまり「利用不適」ともいえる住宅に、まだ多くが居住を強いられているのです。
 とくに大都市圏での公営住宅の応募倍率の高さも、「住宅不足の解消」どころか、人間らしい住まいのできる住宅の絶対数の不足がまだまだ切実な課題であることを証明しています。


 2.居住費負担の現状について

 まともな住宅の絶対数とともに、居住費負担のできる住宅が身近にあるかが、あわせて必須の条件です。建議案が居住費負担にまったく言及していないのも、決定的な欠陥であり、建議の意向を疑わせるものです。政府文書も近年、国民の居住費負担の実態に触れようとしていない点では、軌を一にしています。
 居住費負担にかんする政府統計は見当たりませんが、旧建設省は第3期5か年計画にあたって居住水準目標とともに適正な家賃および持ち家償還金の負担限度率を推計しました。所得5分位別のほか、家賃については世帯人員別に推計し、たとえば最低所得の第1分位の2人世帯では実收入の17.1%、4人世帯なら 15.0%を家賃負担限度率としています。時をへても、低所得層にとってこの限度率の適正さは失われていないと思います。
 ところが現実は、実収入の2〜3割、いやそれ以上の負担に苦しんでいる世帯も稀ではないはずです。 負担能力の限度内で最低限度の人間らしい住生活ができる住宅がすべての国民に確保できてこそ、
「住宅不足が解消できた」というべきでしょう。


 3.居住水準と居住費負担の目標未達成の現状について

 建議案は、まず居住水準、居住費負担の現状をどう見ているのか。大都市圏の借家についても、政策目標はおおよそ達成されていると見ているのか。それとも、当初の目標に遠く及んでいないと見るならば、その原因はどこにあると考えるのか。私たちは、上述した部分での大きな遅れの原因が、従来の住宅政策の基本方向それ自体にあったのではなく、この方向に則した施策を現実には怠ってきたことにあると考えます。
 建議案は、「住宅不足は解消された」、国民のニ−ズが多様化して「広さや住宅費はもはや政策課題ではない」の立場から、従来の基本方向を市場重視・ストック重視の方向に転換させようとしています。上述の目標未達成の実態とその早期解決の必要は認め、基本方向の抜本的転換によってこれらの事態も解決に向かうとするのであれば、建議をしようとする責任において、その根拠を論証してください。    


 4.国民の居住の権利について

 戦後わが国の住宅ストックの持ち家と借家はほぼ6対4の比率で推移し、うち公共借家は全体の1割以下、民間住宅が9割以上を占めることに変わりはありません。このことをあげて建議案は、住宅政策の軸足を市場に、「需要者である消費者サイドと供給者である産業サイドがともに発展する」関係に移しかえ、市場に参加できない人たちは「セ−フティネット」で救済するという構図を打ち出しています。この構図には、居住確保が基本的人権として国民だれもに保障されるべきとする理念はありません。
 わが国が市民生活の普遍的ル−ルを定めた民法とは別に借地法、借家法を制定し、民間住宅が9割以上を占めるなかでも公的援助住宅を重視してきた理由をここで再確認する必要があります。契約自由と市場の原理では弱い立場の国民の居住を保障することはできないからです。また、住宅先進国といわれるヨ−ロッパ諸国における国民の居住権、中央・地方政府あわせての住宅予算支出と、市場の支配と自助努力まかせになっている国(もしあれば)の状況を対比し、住宅事情と街づくりの実態を探るのも参考になるでしょう。
 建議案は、居住確保を産業と消費の関係の枠内でとらえ、住宅政策をもっぱら市場政策に変えています。そこでは国民の居住権も国民の居住にたいする公共の直接責任の理念も抜け落ちています。それどころか、いっぽうで「セ−フティネット」をいいながら、旧借家法の核をなす正当事由制度の廃止をはかり、家賃の市場化、期限付き入居制の導入など公営住宅法のさらなる「改正」を建議するにいたっては、その感を深くします。「居住権」が事実上否認されていくのを恐れます。
 特殊法人改革で公団、公庫を廃止し、つぎは公共賃貸住宅制度を「見直し」、そのあとで「住宅セ−フティネットの再構築」といっても、市場落伍者の救貧措置というふうに受け取らざるをえません。セ−フティネットは危ない綱渡りをして落ちた後からの備えです。社会保障として初めから落ちないよう、さらに向上できるような土台をしっかり固めておくことこそが決定的に重要です。


 5.「住宅セーフティネットの再構築」について


 「住宅供給における普遍的なセーフティネットの役割を果してきた公営住宅」(建議案骨子)を中心に、公団・公社住宅を、居住の実態にそくして改善し、拡充することを土台に再構築するのであれば、最も現実的な道と考えます。それを基本に、建議案が示す諸施策を具体的に確実に実施することが期待されます。各公共賃貸住宅の家賃制度等を「セーフティネット」にふさわしく一元化する、あるいは居住者の実態と「施策目的等を踏まえた整合性」を図ることも重要でしょう。
 しかし、「住宅セーフティネットの再構築」を名目に、公共賃貸住宅制度をさらに縮小し、これまで築いてきた社会的資産をも民間市場の企業営利に供することに向かうのであれば、私たちは反対を表明せざるをえません。


 6.パブリック・コメントと建議とりまとめ会議の公開について
       

 提出されたパブリック・コメントをすべて公開するとともに、それらを踏まえた委員会論議への傍聴を求めます。また、各意見書について、そのどの項目を取り入れた、または取り入れられなかったかをお知らせください。
                                                       以 上

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